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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9408号 判決

原告 株式会社東電機商会

被告 国 外一名

国代理人 加藤隆司 外二名

主文

被告国は原告に対し金二十九万八千円及びこれに対する昭和三十年十二月十八日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告東京都に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告国との間に生じた部分は被告国の負担とし、原告と被告東京都との間に生じた部分は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等は各自原告に対し金二十九万八千円及びこれに対する昭和三十年十二月十八日からその支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求める旨申したて、その請求の原因として、

一、原告は、訴外大和電工株式会社(以下単に大和電工と略称する)に対して昭和三十年七月十八日以前の電機器具売掛金七十六万六千八十七円の債権を有していたところ、同月二十一日公証人浜田宗四郎作成昭和三十年第一五〇九号公正証書によつて原告と大和電工間で大和電工は右債務額を同年八月一日から同年十一月二十五日までの間に六回に分割して支払い、分割弁済を一回でも怠つたときは期限の利益を失い残額全部をただちに完済すること、右金残債務を履行しないときは強制執行を受けることを認諾する旨の弁済契約を締結したが、大和電工は一回も支払わなかつた。そこで原告は同年八月八日右公証人から強制執行のため右公正証書の執行力ある正本の付与を受けたうえ、大和電工に対する強制執行として、同月九日東京地方裁判所に対し同会社が東京都に対して有する東京都世田谷区上北沢母子寮内の電気設備工事請負代金債権金二十九万八千円に対し債権差押及び転付命令の申請をした。

二、東京地方裁判所は右申請に基いて同月十日同庁昭和三十年(ル)第九四一号、同年(ヲ)第一三三八号債権差押及び転付命令(以下これを本件債権差押及び転付命令という)をもつて大和電工が第三債務者である被告東京都に対して有する右債権を差し押さえ、原告に転付する旨の決定をした。右命令の正本は債務者で、ある大和電工には翌十一日送達されたが、第三債務者である被告東京都に対しては、原告の前記命令申請書に、同被告に対する送達場所を東京都財務局長畑市次郎と表示すべきところ誤まつて東京都財務局長畑中次郎と表示してあつたため、右決定正本を封入した特別送達用の封筒にもそのように記載されて同月十一日同被告に配達されたが、被告東京都の総務局文書課に勤務し同被告の郵便物受領の職務に従事している公務員は、右郵便の宛名が財務局長畑中次郎となつておつて畑市次郎となつていないという理由で右郵便物の受領を拒んだため、その送達は不能となり右命令正本は東京地方裁判所に返送された。

三、原告は、同月十五日になつて右の事実を知つたので、同日送達事務を担当している東京地方裁判所民事第二十一部の書記官に対して、本件債権差押及び転付命令正本を東京都財務局長畑市次郎に送達されたい旨の同裁判所宛の上申書を提出すると同時に、すでに債務者に対する送達は終つていて第三債務者である被告東京都に対する送達は猶予を許されないから至急に速達郵便でしてほしいと依頼し、その書記官の手数を軽減するため原告において封筒に東京都財務局長の住所氏名を記載し且つ速達による送達用の郵券を貼付してこれを預けておいたのに、同書記官はその送達事務を忘れてしまい、その後送達の結果を問合せにいつた原告の注意を受けて同月二十三日になつてはじめて発送したため、右命令が被告東京都に送達されたのは同月二十四日となつた。

四、郵便物受領の職務に従事する被告東京都の公務員は、東京都財務局長畑中次郎と宛名に記載された郵便物が配達されたときには、同財務局長が畑市次郎であるから僅か一字の違いである許りでなく、その氏名には東京都財務局長の肩書が記載されている以上、同財務局長に宛てられた文書を内容とするものであつて、宛名がたまたま一字だけ誤記されたものであることに容易に考えつくことができるのであるからその郵便物を受領する義務がある。しかるに本件債権差押及び転付命令の封入された特別送達用郵便物の配達を受けた被告東京都の公務員がその宛名が東京都財務局長畑中次郎となつているとの理由で受領することを拒絶したのは、右の義務に違反した過失があるといわなければならない。

又債権差押及び転付命令の送達事務を担当する裁判所書記官は、その送達場所の記載が誤つていて送達できなかつたときに、更に債権者からその誤りであることを上申して再送達してほしいとの申立があつた場合には、直ちにこれを送達する義務があることは勿論であるのに、前記債権差押及び転付命令の送達事務を担当した東京地方裁判所民事第二十一部の書記官が不法にも右事務を忘れ送達を怠つたのは過失である。

五、前記のとおり昭和三十年八月十一日本件債権差押及び転付命令正本の送達を受けた大和電工は、右命令が発付されていることを秘匿し同月十九日第三債務者である被告東京都から差押の目的となつた債権全部の支払を受けたため、同月二十四日被告東京都に送達された命令は効力を生じないことになつた。ところで大和電工は裁判所の債権差押命令を無視するような会社であつて、その後会社の責任者は全部逃亡して現在においてはその所在さえわからず、もとより無資産であつて他に強制執行の対象となるような財産は全然有しておらず、又将来事業を継続する可能性もなく、仮りに事業を営むことができるとしてもその社員等の所在がわからなくなつているのであるから原告がこれに対し強制執行することは不可能なことである。このような訳で原告は大和電工に対して有する債権の弁済をうけることは全く不能となつたが、もし被告東京都の公務員が昭和三十年八月十一日配達された本件差押及び転付命令を受領しておつたならば、或いは東京地方裁判所民事第二十一部の書記官が同月十五日か十六日に右命令正本の再送達の事務に着手していたならば大和電工が被告東京都から支払を受けた同月十九日までに右差押及び転付命令は第三債務者である被告東京都に送達せられて効力を生じ、原告はその目的債権額である金二十九万八千円だけの弁済を受けられた筈であるから、前記東京都の公務員及び裁判所書記官の共同の不法行為によつて原告は金二十九万八千円の損害を蒙つた。

六、右の原告の損害は公務員がその職務を行うについて過失によつて生じたものであるから原告は右公務員等の使用主である被告等に対し連帯して金二十九万八千円及びこれに対する。損害発生の後である昭和三十年十二月十八日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだと述べ、被告等主張の事実に対する答弁として、

被告東京都の主張事実はすべて争う。被告国の主張事実中、東京地方裁判所民事第二十一部の書記官が原告に本件債権差押及び転付命令の送達場所を訂正するため更正決定の申立をするよう連絡したこと、昭和三十年八月十五日原告は上申書を提出しその書面には更正決定の申立に要する所定の印紙を貼用しなかつたことは認めるが、その他の事実はすべて争う。原告は同日東京地方裁判所民事第二十一部から被告主張のような連絡の葉書を受けとつたので、直ちに更正決定の申立書を作成し、これに所定の印紙を貼用して同裁判所に提出しようとしたところ、同部の書記官は更正決定の申立は必要でなく上申書を提出してほしいと述べたので、これを提出せずにあらためて上申書を作成して提出したものであるから、被告国としてはいまさら原告が更正決定の申立をしなかつたことを非難することはできない。と述べ、

被告東京都指定代理人は、主文第二項同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁及び主張として

一、請求原因二記載の事実中、原告主張の日に、宛名に東京都財務局長畑中次郎と記載された東京地方裁判所発送の特別送達用郵便物が被告東京都に配達されたこと、同被告の総務局文書課に勤務し、同被告宛の郵便物を受領する職務に従事している公務員が、右郵便物の宛名が右のようになつていて財務局長畑市次郎となつていないことを理由にその受領を拒んだこと、同三の事実中原告主張の日に本件債権差押及び転付命令が送達されたこと、同五の事実中原告主張の日に大和電工が被告東京都から世田谷区上北沢母子寮内の電気設備工事代金債権金二十九万八千円全額の支払をうけたことはいずれも認めるが、その他の事実はすべて争う。

二、被告東京都の公務員が宛名に東京都財務局長畑中次郎と表示された特別送達用郵便物の受領を拒絶したことにはなんら過失はない。前記のとおり昭和三十一年八月十一日右郵便物の配達を受けた公務員は、東京都財務局長は畑市次郎であつて畑中次郎ではないので、その旨を右郵便物を配達した集配人に告げ、その受信人の氏名を訂正しなければ受領できないと述べたところ、集配人も了承して民事訴訟法所定の差置送還の方法もとらずこれを持ち帰つた。裁判所から送達される郵便物の内容は、通常受送達者の権利義務に重大な影響を及ぼすものであるから、特に慎重に取扱わなければならないのであつて、担当職員が宛名を推測して宛名の間違つた郵便物を受領すべきではない。従つて被告の公務員が右郵便物を受領しなかつたことになんら過失はない。

三、仮りに右公務員が右郵便物を受領しなかつたことに過失があつたとしても、右郵便物は開封しないでそのまま集配人に持ち帰らせたものであるから、その内容については全然知らない。それ故その郵便物を受領しないことによつて原告主張のような損害を生ずるとかうことは倒底予測できないことであつて、原告主張の損害はいわゆる特別事情によつて生じたもので、被告の公務員が郵便物を受領しなかつたこととの間には相当因果関係はないから、被告東京都にこれを賠償する責任はない。

四、仮りに右公務員が右郵便物を受領しなかつたことに過失があつたとしても、昭和三十年八月十一日集配人が東京地方裁判所に返送した東京都財務局長畑中次郎宛の特別送達用郵便物が宛名を訂正して被告東京都に再送達されたのは、それから約二週間後の同月二十四日であつて、大和電工が被告東京都から請負工事代金の支払を受けたのは同月十九日のことである。そうすると再送達がおそくとも返送後一週間以内になされていたならば原告は損害を蒙ることはなかつたのであるから、再送達に一週間以上を要した遅延の原因が被告東京都以外の何人の責に帰すべきものであつても、再送達が遅延した事実が介在したという新たな独立したことによつて損害が発生したものであるから、被告の公務員が前記郵便物の受領を拒絶したことと原告主張の損害の発生との間には因果関係は中断されており、被告東京都はこれを賠償する責任がない。と述べ、

被告国指定代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、請求原因事実に対する答弁及び主張として、

一、請求原因一記載の事実中、原告主張の日に原告がその主張する債務名義の執行力ある正本に基いて、大和電工が被告東京都に対して有する世田谷区上北沢母子寮内の電気設備工事請負代金債権金二十九万八千円に対し債権差押及び転付命令を申請したこと、同二記載の事実中原告主張の旧に東京地方裁判所が同庁昭和三十年(ル)第九四一号、同年(ヲ)第一三三八号債権差押及び転付命令を以つて大和電工の東京都に対して有する前記債権を差押え、これを原告に転付する旨の決定をしたこと、原告が右債権差押及び転付命令の申請書に右命令の第三債務者に対する送達場所を東京都財務局畑市次郎と表示すべきところを東京静財務局長畑中次郎と表示してあつたため、右債権差押及び転付命令の正本を封入した送達用〇封筒にもその旨が記載されて原告主張の日に被告東京都に配達されたこと、同三の事実中原告主張の日に原告が東京地方裁判所民事第二十一部の書記官に対、して、同裁判所に宛てた本件債権差押及び転付命令を東京都財務局長畑市次郎に再送達されたい旨記載した上申書を提出したことへ被告東京都に右命令が送達された日が原告主張のとおりであることは認めるが、その他の事実は争う。

二、本件債権差押及び転付命令の再送達が遅延したのは原告の過失によるものであつて、裁判所書記官の過失によるものではない。本件債権差押及び転付命令を封入した特別送達用郵便物の返送を受けた東京地方裁判所民事第二十一部の書記官は、ただちに原告に対し右命令の送達場所を訂正するための更生決定の申立をするよう連絡したが、昭和三十年八月十五日原告は上申書と題する書面を提出しただけであつて、その書面には更正決定の申立に必要な所定の印紙も貼用してなかつたので適式な更正決定の申立とは認められなかつたからそのため送達が遅延したもので、その原因はすべて原告が所定の手続をとらなかつたことに起因するものである。けだし差押及び転付命令は一個の裁判であるから送達場所が命令に表示されている以上、その表示に誤りがある場合にこれを訂正するには更正決定の手続によらなければならないことは当然であり、裁判所書記官が送達事務を行う場合に命令に送達場所が指示されている時はその場所に送達すべきであつて、更正決定を経ないで書記官の恣意により送達の場所を変更すべきではないから、本件債権差押及び転付命令の送達事務を担当した裁判所書記官が原告から適式な更正決定の申立がされるのを待つていた結果、その送達が遅延したものであつて、右書記官には過失はなく、従つて被告国には原告の損害を賠償する義務はない。

三、裁判所書記官の行為と原告主張の損害の発生には因果関係が中断している。昭和三十年八月十一日東京都財務局長畑中次郎宛の特別送達用郵便の配達を受けた被告東京都の公務員は、その受領を拒絶できなかつたものである。けだし右郵便物の宛先は畑市次郎個人に対するものではなくて、東京都財務局長の職にある畑市次郎であることは一見明瞭であつて、単に財務局長の氏名が一字相違しているに過ぎず単なる誤記であることはなんら疑う余地がなかつたのであるから、右公務員は右郵便物を当然受領すべきであつたからである。そして右公務員がこれを受領していたならば原告主張の損害は発生しなかつたのであるから、原告の主張する本件債権差押及び転付命令の再送達の遅延と原告の主張する損害の発生との間の因果関係は中断されており、被告国に右損害を賠償する義務はない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告が昭和三十年八月九日東京地方裁判所に同年七月二十一日公証人浜田宗四郎によつて作成された昭和三十年第一五〇九号債務弁済契約公正証書の執行力ある正本に基いて、債務者である大和電工に対して有する債権の内金二十九万八千円の弁済を求めるため、大和電工が第三債務者である被告東京都に対して有する東京都世田谷区上北沢母子寮内の電気設備工事請負代金債権金二十九万八千円について債権差押及び転付命令の申請をしたこと、同年八月十日同裁判所は右申請に基いて本件債権差押及び転付命令をもつて大和電工が東京都に対して有する前記債権を差し押さえ、これを原告に転付する旨の決定をしたこと及び右申請に際し原告は被告東京都に対する送達場所を東京都財務局長畑市次郎と表示すべきところを東京都財務局長畑中次郎と表示したため、本件債権差押及び転付命令の正本を封入した特別送達用の封筒の宛名にもその氏名が記載されて同月十一日被告東京都に送達せられたことは、原告と被告国との間に争いがなく、原告と被告東京都の間では右の事実のうち東京都財務局長畑中次郎と宛名に表示された東京地方裁判所の発送した特別送達用郵便物が同月十一日被告東京都に配達されたことは争いがなく、その他の事実は成立に争いのない甲第一号証、第三号証、第四号証及び第五号証の一によつて認めることができる。被告東京都の総務局文書課に勤務し同被告宛の郵便物を受領する職務に従事する公務員が右配達された特別送達用の郵便物の宛名が被告東京都の財務局長である畑市次郁となつておらず財務局長畑中次郎と表示されているとの理由でその受領を拒絶したことは原告と被告東京都との間には争いがなく、原告と被告国との間では右事実のうち当時の東京都財務局長が畑市次郎であつたことは原告と被告国との間にも争いがなく、その余の事実は成立に争のない甲第五号証の一、二及び三と証人石田道人の証言によつて認められる。そして右表示の証拠をあわせ考えると、被告東京都の総務局文書課に勤務し郵便物等の収受発送の職務に従事していた訴外石田道人は、右東京都財務局長畑中次郎宛の特別送達郵便の配達を受けた際、裁判所から送達される文書は同被告の権利関係に重要な影響を及ぼす内容のものが多いので宛名の違う特別送達用郵便物は、受領することができないとの理由で、その旨を配達した東京中央郵便局の集配人に告げ、かつその理由を記載した附箋をその郵便物に貼付し返戻したところ、右集配人はこれを持ち帰つて発送人である東京地方裁判所民事第二十一部に返送したことが認められる。又昭和三十年八月十五日原告が本件債権差押及び転付命令の送達事務を担当していた同裁判所書記官に対し右命令を東京都財務局長畑市次郎に送達されたい旨の同裁判所宛の上申書を提出したこと、右上申書には更正決定の申立をするのに必要な印紙が貼用されていなかつたこと、同書記官は同月二十三日に本件債権差押命令正本を再送達する手続をとり同月二十四日右命令が被告東京都に送達されたことは、原告と被告国との間には争いがなく、原告と被告東京都との間では成立に争いのない甲第六号証、第七号証い証人前川秀一、同中村清の各証言と証人大島三男の証言(但し後記の措信しない部分を除く)により認めることができ、右挙示の証拠を合せ考えると、本件債権差押及び転付命令を封入した被告東京都に対する特別送達用郵便物の返送を受けた東京地方裁判所民事第二十一部の書記官大島三男は、同月十三日同部の持山書記官補に原告に対し第三債務者の表示が違つていたため命令の送達ができなかつたので更正決定の申立をするよう葉書で通知させた。この通知を受けた原告の営業部長前川秀一は、同月十五日司法書士の中村清の事務所にこの通知の葉書を持参して更正決定の申立の手続を依頼した。そこで中村は更正決定の申立書を作成し、所定の印紙も貼用して前川と同道して前記大島書記官に提出しようとしたところ、同書記官は第三債務者の送達場所の記載は債権差押及び転付命令の要件でないから更正決定の申立は必要がなく上申書を提出するよう告げたので右中村は更に本件債権差押及び転付命令を東京都財務局長畑市次郎に送達されたい旨の上申書を作成して同書記官に提出し、至急送達されたいと依頼し、東京都財務局長畑市次郎と宛名をかき速達による送達用郵便のための郵券を貼付した封筒を交付しておいたこと、同書記官は右上申書及び封筒を一件記録に挾みこんだまま送達事務に着手せず、同月二十三日前記前川が問合わせに来た際これに気がつき同日送達の手続をとつたことが認められる。証人大島三男の証言中右認定に反する部分は措信することができない。

二、そこでまず被告東京都の吏員である石田道人が昭和三十年八月十一日配達された本件債権差押及び転付命令を封入した東京都財務局長畑中次郎宛の特別送達用郵便物を受領しなかつたことに過失があるかどうかについて考えてみると、民事訴訟法による送達は特定の訴訟関係人に訴訟上の書類の内容を知らしめる機会を与えるための裁判所の行為であつて、その実施によつて右書類の内容を知らせた効果を生じ、その効果は通常受送達者の権利関係に重要な影響を及ぼすものであるから、宛名人の表示の違つた送達書類を自己に対する送達として受領する義務があるとは解せられない。ただ宛名人の表示が違つても受送達者と宛名人が同一であると判断せられるべきときは、その送達の実施機関である執行吏又は郵便集配人は、民事訴訟法第百七十一条第二項のいわゆる差置送達の方法によつて送達ができるだけである。前記一の認定事実によると当時の東京都財務局長は畑市次郎であつて畑中次郎ではなく、右石田は財務局長畑市次郎の受領補助者としての地位で右郵便物の配達を受けたものであるから、畑市次郎が畑中次郎宛の送達文書を受領すべき義務がない以上石田が右特別送達用郵便の宛名の表示が違つていることを理由に受領を拒否したことをもつて同人の職務上の義務に違反したものということはできない。又右郵便物に東京都財務局長という肩書がなされているけれども右肩書は宛名人を特定するための一つの資料にすぎないものであつて、その氏名と一体となつて宛名人が特定されるものである以上右の結論を覆すものではない。従つて原告の前記石田の過失を前提とする被告東京都に対する本訴請求はその他の点について判断するまでもなく理由がない。

三、次に東京地方裁判所民事第二十一部の大島書記官が昭和三十年八月十五日原告から本件債権差押及び転付命令の正本を東京都財務局長畑市次郎に再送達されたい旨の上申書を受けとりながら同月二十三日にこの送達に着手したことに過失があるかどうかの点について考えてみると、債権差押及び転付命令の送達事務を担当する書記官は、その送達が不能となつた場合に債権者から送達場所を訂正する上申書が提出されたときは、債権差押及び転付命令が第三債務者に対する送達によつて効口を生ずるものであるから、速やかに訂正された送達場所に再送達をして債権者の損害の発生を防止する義務のあることは明らかであるのに、これを怠り八日間(日曜日を除いても七日間)も放置しておいたことは特別の事情のないかぎり右職務上の義務に違背した過失があるというべきである。被告国は、(1) 本件債権差押及び転付命令の再送達が遅延したのは原告が適式の更正決定の申立をしなかつたことに起因するのであつて、右大島書記官には過失がないと主張するけれども原告が更正決定の申立書を提出せず上申書を提出した経緯については前記一で認定したとおりであるのみならず、第三債務者に対する送達場所の記載は債権差押及び転付命令の法定の記載要件ではなく、この送達場所の誤記は命令の更正の対象とならないものと解すべきであり、送達事務を担当する書記官は、命令に記載された送達場所に送達して不能となつた場合にはその記載された場所以外であつても正当な送達場所が判明したときはそこに送達することができるものであるから、との点の被告国の主張は理由がない。(2) 更に被告東京都の公務員は同年八月十一日に配達された東京都財務局長畑中次郎宛の本件債権差押及び転付命令の封入された特別送煙用郵便物を受領すべきであつたのであつて、もし受領していたならば原告主張の損害は発生しなかつたから、右書記官の行為と損害の発生との間には因果関係が中断していると主張するけれども、東京都の公務員が右特別送達用郵便物を受領しなかつたことに過失があるといえないこと前記二で説示したとおりであるからこの点の被告国の主張も到底採用できない。

四、前記認定の事実によると前記大島書記官が被告国の公権力の行使に当る公務員であつて、その職務の執行について職務上の義務に違背した過失があつたことは明らかであるから、右過失によつて原告の蒙つた損害は、被告国が賠償すべきものである。

五、ここで原告の損害額について考えてみると、成立に争いのない甲第三号証と証人前川秀一の証言を考え合せると、原告は大和電工に対し昭和三十年七月十八日までに電気器具売掛債権合計金七十六万六千八十七円を有していたところ、同月二十二日大和電工は、原告に対し右売掛金を同年八月一日金五万七千二百九十三円、同月十六日金七万円、同月二十五日金九万二千五百円、同年九月二十五日金十万円、同年十月二十五日金十一万二千四百八円、同年十一月二十五日金三十三万三千八百八十六円の六回に分割弁済すること、若し分割弁済を壱一回でも怠つたときは期限の利益を失い残債務をただちに支払うことを約し、大和電工の代表取締役である荒井亀太郎は大和電工の右債務につき連帯保証をし、大和電工及び荒井が右債務を履行しないときは強制執行を受けることを認諾し、公証人浜田宗四郎によつてその旨の公正証書が作成されたこと、大和電工は右分割弁済金を一回も支払わなかつたので原告は同年八月八日右公正証書の執行力ある正本の付与を受け、本件債権差押及び転付命令とともに大和電工が訴外浦賀船渠株式会社及び同日産化学工業株式会社に対して有する債権の差押及び転付命令を申請したが、大和電工は同月十九日被告東京都より差押の目的となつた東京都世田谷区上北沢母子寮内の電気設備工事請負代金債権金二十九万八千円全額の弁済を受けた後、事務所も取り払いその代表取締役である前記荒井もその家族とともに行方不明となり、今日までその消息が知れなくなつたこと、原告大和電工に対して有する債権のうち金十六万余円は大和電工が前記浦賀船渠株式会社及び日産化学株式会社に対して有していた賃権の転付を受けて弁済されたがその残額は弁済されなかつたこと等の事実が認められるのであつて、右事実から原告大和電工に対する債権中約六十万円は回収不能となつたものと認められるところ、東京地方裁判所が発送する特別送達郵便は一日で被告東京都に配達されることは前記一で認定した事実から推測されるから前記大島書記官が原告の前記上申書を受けとつた同月十五日から同月十七日までの間に本件債権差押及び転付命令正本の送達事務に着手していたならば、大和電工が被告東京都から弁済を受けた同月十九日以前に充分に同被告に送達されて効力を生じ、原告が右債権中金二十九万円の弁済を受けえたであろうことは明らかであるから、結局原告は右大島書記官の過失によつて右金額に相当する損害を蒙つたものといわなければならない。従つて被告国に対し金二十九万八千円とこれに対する右公務員の不法行為の後である昭和三十年十二月十八日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

以上のような訳で原告の被告東京都に対する請求は理由がないから棄却することとし、被告国に対する請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 松尾巖 井関浩)

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